東京地方裁判所 昭和51年(ワ)11000号 判決 1984年5月07日
原告 進和株式会社
右代表者代表取締役 江南進
右訴訟代理人弁護士 笈川義雄
被告 木村止
右訴訟代理人弁護士 近藤良紹
被告 境野進
被告 木暮宏
被告 中村光甫
被告 阿藤和夫
被告 亡小島勲承継人 小島嘉子
<外三名>
右八名訴訟代理人弁護士 山口元彦
被告 莇祐三郎
被告 川口博
被告 増田陽三
被告 亡川端源太郎承継人 川端峯子
<外三名>
右七名訴訟代理人弁護士 須田昭太郎
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 原告に対し、被告木村止、同境野進、同木暮宏、同莇祐三郎、同川口博、同中村光甫、同阿藤和夫及び同増田陽三は各自金九八〇万五一五〇円、同小島嘉子及び同川端峯子は各自金四九〇万二五七五円、同小島紀代子、同小島真理子、同小島明雄、同川端清、同川端明子及び同小野部和子は各自金一六三万四一九一円及び各金員に対する昭和五〇年一一月二一日から支払済まで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2. 訴訟費用は被告らの負担とする。
3. 仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告は、医薬品の販売を業とする会社であり、被告木村止、同境野進、同木暮宏、同中村光甫、同阿藤和夫、同莇祐三郎、同川口博、同増田陽三、亡小島勲、及び亡川端源太郎(以下、以上の一〇名を「被告ら」という。)は、いずれも昭和四九年六月ころから昭和五〇年九月ころまでの間、目黒医師協同組合(以下「組合」という。)の理事の職に就いていたものである。すなわち、被告木村は理事長、被告境野は副理事長であり、被告阿藤は専務経理、被告木暮、被告莇及び被告中村は営業企画、小島勲及び被告川口は庶務企画、川端源太郎は広報企画、被告増田は保険の各業務を担当する理事であった。
2. 組合の名板貸責任
(一) 原告は、昭和四九年八月三〇日から同五〇年九月三〇日までの間、株式会社医協センター(以下「医協センター」という。)に対し、毎月二〇日締切翌月二〇日支払の約定で継続的に別表記載のとおり総額金一三三三万六八五〇円の医薬品を販売した(以下「本件取引」という。)が、医協センターは右代金の内金三五三万一七〇〇円の支払をし、右受領に係る医薬品のうち金五二万五七〇〇円相当分を原告に返品したので、売掛代金残金は九八〇万五一五〇円である。
(二) 組合は、医協センターに対し、組合名義を使用して営業をなすことを許諾し、医協センターに組合名義で営業をなさしめ、これにより原告に本件取引の相手方が組合であると誤信せしめた。
すなわち、組合は、医協センターとの間で、昭和四九年五月一六日、組合の医薬品の仕入、販売及び配達等の業務全般を委託する旨の契約を締結し、組合新聞「めじろ」に薬品販売は特定業者に一任するとの記事を載せ、また、組合の看板のみが掲げられた組合事務所を医協センターがその事務所として使用することを許容し、更に医協センターが原告との本件取引の注文を組合名義で行うこと及び右名義の商品受領書を発行し、かつ、原告発行にかかる組合宛の請求書、領収書及び返品伝票を受領することをいずれも容認した。
3. 被告らの中小企業等協同組合法第三八条の二の責任
組合は前記のとおり名板貸責任を負うべきところ、被告らは、組合の理事の職務を行うにつき次のような重過失があり、そのため原告の前記売掛残債権相当金九八〇万五一五〇円の組合からの回収を不能にさせた。
(一) 被告らは、医協センターが全く支払能力のない会社であるにもかかわらず、医協センターの約二億五〇〇〇万円の債務につき組合に保証債務等を負担させて、同額の損害を与えた。
(二) 被告らは、組合と医協センターが取引上利害が対立するにもかかわらず医協センターの顧問に就任した。
(三) 被告らは、組合が前記2(二)のとおり医協センターをして組合名義で営業せしめていることを知悉しながらこれを容認し、かつ、毎月組合で開催される理事会における報告及び協議により組合の経理内容が昭和四九年五月ころにおいて約二八八〇万円の債務超過があり、その後も保証債務負担により資産状態をますます悪化させ、支払能力がないことを知りながら、組合に債務を負担させる結果となる原告との本件取引を放置し容認した。
4. 被告らの不法行為責任
(一) 医協センターは、設立当初から何らの資産もなく、前記2(二)の契約により組合に対し毎月六〇万円と売上高の三パーセントを支払う旨約して、組合が約二八八〇万円の負債を負うに至った薬品部の営業を承継したもので、本件取引の当初から仕入代金の支払能力を欠如していた会社であり、現に本件取引から約一年後には約金五億円の債務を負って倒産した。
(二) 被告らは、組合理事及び医協センター顧問として、真実は支払能力のない医協センターが本件取引の相手方であるのに、前記2(二)のように組合が本件取引の相手方であるような外観を作出し、あるいはこれを放任し、かつ、組合の支払能力が充分あると誤信している原告に支払能力の欠如を殊更秘し、あるいはこれらの事情について知り得たにもかかわらず、本件取引を開始継続させ、原告から金一三三三万六八五〇円相当の医薬品を確実な支払見込みのない医協センターに売却させて原告に金九八〇万五一五〇円の損害を与えた。
5. 小島勲は、昭和五六年一二月二三日、死亡した。被告小島嘉子はその妻であり、被告小島紀代子、同小島真理子及び同小島明雄はいずれもその子である。
6. 川端源太郎は、昭和五七年八月六日、死亡した。被告川端峯子はその妻であり、被告川端清、同川端明子及び同小野部和子はいずれもその子である。
よって、原告は、各被告に対し、組合理事又は不法行為者及びこれらの相続人として、請求の趣旨記載のとおりの金員の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1のうち、被告増田が原告主張の期間組合の理事であったことは否認するが、その余は認める。被告増田は、昭和五〇年五月二三日組合の理事に就任した。
2. 同2(一)、(二)及び3(一)ないし(三)のうち、組合が医協センターとの間で原告主張のころその主張の如き文言を記載した契約書を取り交わしたことは認めるが、その余は否認する。
なお、組合理事全員が医協センター顧問に就任するとの文言が右契約書に記載されてはいるが、右契約書は、組合と医協センター間で作成されたものであるし、組合理事のうち現実に医協センター顧問に就任した者はいない。また、右契約の趣旨は、組合が事業を縮小するにあたり、組合員である医師に対し医薬品等の供給の便宜を図るため、組合が従来有していた組合員に対する販路を医協センターに委嘱し、その対価として医協センターの組合員に対する売上げからマージンを得ることにある。更に、組合は、組合事務所の存する建物の奥の倉庫の一部を医協センターに使用させたことはあるが、組合事務所自体の使用を許容したことはなく、商品受領書及び請求書等は原告が一方的に作成したものにすぎないし、医協センターは、当時独自に新聞広告などもしており、組合とは全く別個の存在であったことは原告にとっても明白であった。
3. 同4(一)のうち、医協センターが原告主張の契約において組合に毎月六〇万円と売上高の三パーセントを支払う旨約したこと及びその後医協センターが倒産したことは認めるが、その余は否認する。
4. 同4(二)は否認する。
5. 同5及び6はいずれも認める。
三、抗弁
1. 重過失の抗弁(請求原因2に対し)
原告が本件取引の相手方を組合と信じたとしても、原告の誤信には、請求原因に対する認否2記載のように重大な過失がある。
2. 過失相殺の抗弁(請求原因3及び4に対し)
原告が本件取引の相手方を組合と誤信したことには、抗弁1記載のように重大な過失があり、そのために原告の損害は拡大した。
四、抗弁に対する認否
抗弁はいずれも争う。
第三、証拠<省略>
理由
一、原告及び被告らの地位
原告が医薬品の販売を業とする会社であること、被告増田を除く被告らがいずれも昭和四九年六月ころから昭和五〇年九月ころまでの間、組合の理事に就いていたこと、被告木村は理事長、被告境野は副理事長であり、被告阿藤は専務経理被告木暮、被告莇及び被告中村は営業企画、小島勲及び被告川口は庶務企画、川端源太郎は広報企画の各業務を担当する理事であったことはいずれも当事者間に争いがなく、被告増田本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第四ないし第六号証によれば、被告増田は、保険担当の九島璋二理事の辞任に伴い、昭和五〇年五月二三日、組合の理事に就任し、保険の業務を担当した(被告増田が保険担当の理事であったことは当事者間に争いがない)が、昭和五〇年一〇月一六日、病気(糖尿病及び狭心症)のため組合の理事を辞任したことが認められる。
二、原告の薬品販売の経緯と組合の責任
1. 組合が昭和四九年五月ころ、薬品部を廃止したこと、組合が医協センターとの間で同月一六日ころ、組合の医薬品等の仕入、販売及び配達等の業務全般を委託する旨を記載した契約書を取り交わしたこと、医協センターが右契約において組合に毎月六〇万円と売上高の三パーセントを支払う旨を約したことは、いずれも当事者間に争いがない。
2. 右当事者間に争いのない事実と、<証拠>を総合すれば、次の各事実が認められる。
(一) 組合は、組合員の取り扱う医薬品、医療器械器具、医療用消耗品及び診療用備品の共同購入等を目的として昭和四五年三月七日設立された法人(協同組合)であるところ、昭和四六年になって、医薬品の共同購入及びその組合員に対する販売という事業に着手したが、右事業の運営に失敗し、昭和四九年ころまでに約二八八〇万円もの負債をかかえるに至り、そのため、組合では右負債を処理する方策を検討するようになった。
一方、訴外石垣和郎は、昭和四七年七月から同四九年四月までの間、組合が医薬品の共同購入、組合員に対するその販売の事業を行っていた際、ふじ薬品の従業員として組合に出入りし、組合の右事業の助言、手伝いをしていた。
(二) そこで、被告阿藤、同木暮及び小島勲に石垣が加わり、組合の右負債の処理を検討するようになり、組合自らは、医薬品の共同購入及びその組合員に対する販売の業務を廃止したうえで、石垣の設立する会社に従前の組合の販路を譲渡し、その対価を組合が取得する旨の方策を決定した。
そして、昭和四九年五月一六日、代表理事安田耕一の名義をもって、設立中の会社であった医協センターの代表取締役石垣との間に「一、甲(組合をいう。以下同じ。)はその組合員の為にする医薬品、医療器具等の仕入、販売並に販売に伴う配達業等について、総て従来甲自ら従事して来たものであるが、今般乙(医協センターをいう。以下同じ。)と協議の上、右仕入販売並に配達の業務全般を乙に委託し、乙は誠意をもって右業務に従事することを誓約する。二、乙の医薬品、医療器具等の販売に伴い生ずる売掛金は、甲に於て各組合員より徴収する。但し、現金販売の場合は、乙に於ても徴収することができる。三、徴収代金の精算は、毎月二十日締切り計算表を作成の上、毎月二十五日(日曜・祭日に該当する時は変更する)甲乙相互にこれを呈示して精算し、毎月六十万円と、これに加えて毎月売上金総額の三%を甲の取得金とする。右売上金の残余金に就ては、乙に於て仕入代金その他経費を支払精算の上、その剰余金を委託手数料として取得する。四、乙の代表取締役は甲の顧問に就任し、甲の理事全員はまた乙の顧問に就任、相互に本契約の遂行に努力する。特に乙の仕入業務を円滑ならしむる為、甲の理事全員が積極的に協力し、仕入先業者に対し乙の直接仕入を万全ならしむるよう斡旋する。甲は委託者として乙に対し何時でも業務状況の説明を求めることができる。(五ないし八省略)九、甲はその組合員に対し、仕入販売の業務を乙に委託したことを通知し、乙の業務遂行の円滑に努める。」を内容とする業務委託契約書を作成した。
(三) 組合ではその後、数回理事会を開催して右業務委託契約書を逐条審議した上で、同年六月一九日、更に右契約について審議すべく臨時理事会を開催したが、その席には未だ理事に就任していなかった被告増田を除くその余の被告らに加え、当時の理事長安田耕一、九島・馬渕各理事が出席した。右理事会では契約締結につき賛否両論が表明されたが、賛成が主流を占めた。そのため、反対の姿勢を崩さなかった安田が理事長を辞任し、安田に代えて被告木村を理事長に、被告境野を副理事長に選任したうえで、医協センターとの間に前記業務委託契約を締結することを議決した。そして、理事長の交代に伴い、右業務委託契約書に代表理事として記載されていた安田耕一の名を抹消し、木村止と書き改めた。右議決を受けて、石垣は、同年七月四日、医協センターを設立し、目黒区五本木二丁目二二番七号サンパレハイツに本店を置き、自ら代表取締役に就任した。その後、目黒区鷹番一丁目七番一八号所在の組合事務所の一角を借り受け、同所を第一営業所と定め、委託業務を遂行した。
(四) 石垣は、昭和四九年八月三〇日、原告に対し、組合名義を使用して、メジナ・ロン・エス一〇〇〇錠を二個注文し、原告の従業員逸見雅文が、同日、医協センターの第一営業所に配達した。石垣は、逸見に対し、今後も取引を継続したい旨告げ、逸見は、石垣に対し、取引の継続を歓迎する旨述べ、商品一覧表等を交付した。ところで、原告においては、右電話の注文を組合名義で受けたこと、配達先に「目黒医師協同組合」と大書した看板が出ていたこと、電話の連絡先が組合所有の電話番号であったこと等から、組合が取引先である旨誤認した。そして、その後においても、原告が取引に関連して組合の電話番号に架電しても、組合の従業員が医協センターの従業員に取り次いでいたこと、医協センターの従業員が配達等で不在の場合には組合の従業員が商品たる医薬品を受領していたこと、医薬品の引渡しに際しては、原告は組合宛の「納品書」を交付し、組合名義の原告宛「受領書」を受けとっていたこと、原告は、支払期ごとに請求金額を集計して組合宛の請求書を作成し、これを内訳の請求書伝票とともに組合に対し郵送していたこと、こうした取引に関連して、買主を誤認していると注意されるなどのトラブルが発生しなかったこと等のために、原告の取引の相手方についての右誤認は解かれることがなかった。
医協センターは、代金の決済のために代金相当額を額面金額とする「株式会社医協センター」振出の手形を用いることがあったが、原告においては廻し手形と理解していたため、この点からも原告の右誤認は解けなかった。
(五) こうして原告は、取引の相手方を誤認したまま別表記載のとおり取引を継続したが、医協センターから代金支払のために交付された約束手形、為替手形が決済されなかったこともあって、医協センターの倒産した昭和五三年九月三〇日までに本件取引による未払の売掛代金の総額は、金一〇三三万八五〇円にも及んだ。
その後、組合から、転居のため、医協センターが倉庫に放置したままにしておいた医薬品の引取りを求められ、原告では五二万五七〇〇円相当の医薬品の引渡しを受け、減額措置をとったので、未回収の売掛代金債権は金九八〇万五一五〇円となった。
以上の事実が認められる。ところで、甲第一三号証の一四、一五の請求書は「目黒医協センター」宛になっているけれども、前掲甲第二六号証によれば、原告において医薬品の配達を担当していた逸見は、医協センターを組合の薬品部の呼称と了解していたと認められることから右の事実によっては先の認定を左右できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3. 商法二三条は、ある者(名板貸人)が他人(名板借人)に自己の氏名又は商号を使用して営業することを許諾した場合、名板貸人は、この者を営業主又は企業主体と誤認して取引した相手方に対し、その取引によって生じた債務につき、名板借人と連帯して弁済の責任を負わなければならない旨を規定する。
そこで、本件をみるに、先に認定したとおり、原告は、本件取引の相手方を組合と誤認して取引を継続していたものであるところ、医協センターは、組合の看板の掲げられた組合の事務所の一部を借用して第一営業所とし、組合名義をもって原告に医薬品を発注し、同所に配達させて原告との間で本件取引を開始し、以後、決済手段として医協センター振出の手形を交付したこともあったが、組合宛の納品書を受領し、組合から原告宛の受領書に受領印を押捺し、組合宛の請求書に基づき売買代金を支払っているのであるから、医協センターは、組合の名称を使用して原告との間に本件取引を行ったというべきである。他方、組合は、組合の債務処理のため医協センターとの間に業務委託契約を締結し、販路を医協センターに譲渡したのに伴い、組合の事務所の一部を医協センターに利用させたばかりか、その従業員が、医協センターへの電話の取次ぎ、組合宛の請求書等の医協センターへの交付、医薬品の代理受領等を行っているのであり、こうした事実に照らせば、組合は医協センターに対し、その名称を用いて営業することを許諾していたものと認めるのが相当である。
4. ところで、被告らは、原告が取引の相手方を組合と信じたことには、重大な過失があると主張する(抗弁1)ので、この点について判断するに、被告は、医協センターが独自に新聞広告などをしていたと主張するところ、前掲甲第二二号証によれば、組合発行の機関紙「めぐろ」創刊号(昭和四九年一〇月一五日付)に医協センターが組合と医協センターが別個の存在であることを了知できる内容の広告を掲載した事実が認められるものの、同紙が原告の目に触れる機会があったことについてはこれを認めるに足りる証拠がなく、その他原告の目に触れる可能性のある新聞に医協センターが広告を掲載した事実はこれを認むべき証拠がないけれども、前掲甲第一六ないし第一九号証、第二三号証、第二六号証、第七七号証によれば、原告においては、十分な調査をしないで、相手方を医師が組合員であるところの協同組合であると誤信したことから、本件取引を開始したこと、また、医協センターが代金決済のために原告に交付した約束手形及び為替手形には振出人として「株式会社医協センター」と記載され、その額面金額も取引高に合致していたことが認められ、右事実によれば、原告が本件取引の相手方を組合と誤信して取引を開始したこと又は取引継続中に右誤信を改めなかったことについて、過失があったと認められないでもない。
しかしながら、名板貸人が、名板借人との連帯責任を免れるためには、取引の相手方に悪意に匹敵すべき重大な過失があることが必要であると解されるところ、前記の原告が本件取引の相手方を誤認した事情に照らして考えれば、右事実をもっては原告の誤信について軽過失はともかく、重大な過失があるとは到底認められない。
5. 以上の事実によれば、組合は、商法二三条の規定に基づき、原告に対し、原告が医協センターに売り渡した医薬品の売掛代金の残金九八〇万五一五〇円の支払義務があるというべきである。
三、中小企業等協同組合法三八条の二に基づく被告らの責任
1.(一) 二2記載の認定事実と、<証拠>を総合すると、次の各事実が認められる。
(1) 組合では、昭和四九年六月一九日、石垣を代表とする医協センターとの間に業務委託契約を締結することの可否について検討すべく臨時理事会を開催したが、被告増田を除く被告らはいずれも同理事会に出席した。この理事会に先だち、すでに三回にわたり、同一の議題について理事会が開催されていたが、同理事会では更に石垣の人物評価、業務委託の危険性について議論が及んだ。その席上、被告川口及び被告木暮が各別に石垣を調査した結果を報告したが、被告川口の調査結果は石垣が過去において問屋の経営に失敗したこと等石垣に対し厳しい内容のものであったけれども、石垣が若く有望であるとの調査結果を得ていた被告木暮の反論を受けた。
(2) 一方、当時理事長の職にあった安田は、組合の現状把握に努め、石垣を含めた当時の組合の薬品購買に関与した人々の在庫管理のずさんさに着目する一方、組合の現況を銀行の支店長、製薬会社の監査役等に相談した結果、医協センターとの契約締結について消極的意見をもち、同理事会の席上、自らの調査結果に基づき反対理由を述べるとともに、一〇〇パーセントの安全性がない以上、医協センターとの契約締結に賛成できないと反対の意思を表明した。しかしながら、その余の理事は、契約締結により組合に負債が発生した場合の理事の責任を懸念する者もいたけれども、債務の早期処理を求める余り、結局は安田の意見を十分に調査・検討することなく、安田に理事長を辞任せしめ、新たに被告木村を理事長に選出したうえで医協センターとの間で業務委託契約を締結することを決定した。
(3) 右理事会の席上、被告木村が「医協センターとたとえば大洋薬品との間に契約が出来、保証約束がとりかわされる時、その控は組合も貰うべきである。」と発言したこともあり、業務委託契約締結以前から医協センターのために組合が保証契約を締結することが問題にされていたが、業務委託契約が締結されたのちは、被告木村、同境野、同阿藤及び同木暮が昭和四九年九月二〇日、医協センターと三井銀行との間の銀行取引について個人保証するなど、医協センターを支援する傾向が強化され、医協センターが、同年七月二日に設立されてから三か月から半年くらいの間に、組合は製薬会社、薬種問屋約一〇社との間に保証契約を締結した。
(4) 医協センターは、昭和五〇年九月三〇日、約五億円の負債を負って倒産し、組合の医協センターのために負担した保証債務額は、最終的には約二億八〇〇〇万円にも及び、そのために組合においても債務の支払不能の状況を呈した。
以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 右認定事実によれば、組合が医協センターとの業務委託契約を締結する旨を決定した際、未だ組合の理事に就任していなかった被告莇を除くその余の被告らは、石垣に関する被告川口の身上報告の結果報告及び昭和四九年六月一二日の臨時理事会における当時の理事長の安田の意見等から医協センターに対する支援のために保証契約を締結した場合の危険性を認識しえないではなかったにもかかわらず(前掲甲第一五号証によれば、被告川口らは、現実に組合の負債拡大を危惧し、その際の理事の責任を問題とする議論を右理事会で行っていることが認められる。)、医協センターとの間に業務委託契約を交して全面的な支援体制をとり、約一〇社の製薬会社等との間に保証契約を締結せしめたために、組合は医協センターの倒産に伴い、約二億八〇〇〇万円の負債を負い、支払能力を喪失するに至ったのであって、結果的にはこの点で右被告らは組合理事としてその判断に甘さがあったといわれても仕方がない。
(三) しかしながら、組合が前述のとおり原告に対して名板貸責任を免れえず、かつ、結果的に右被告らには組合に前述の保証債務を負担させた点に組合理事としてその判断の甘さを責められるべき点がないとはいえないとしても、右被告らに中小企業等協同組合法第三八条の二に基づき原告に対する損害賠償責任を負担させるには、右被告らにおいて、医協センターの経営が悪化していること及びその結果医協センターの取引先に対して組合が名板貸責任を免れえない立場にあり、かつ、組合が前述の保証債務を現実化させられ遂にはその支払能力を喪失するに至るであろうことを予見し、こうした組合の経営悪化に至る事由を理事として防止することを期待しうる状況にあったにもかかわらず、これを放置し、ために理事として組合に対する忠実義務に違反した事情が認められなければならないというべきところ、本件証拠上右被告らにかかる事情を認めるに足りる証拠はないといわざるをえず、原告が主張するように右被告らが組合に前述の保証債務を単に負担させたとの点をもってしては右被告らに右損害賠償責任を負担させることを肯認することはできないというべきである。
2. また、原告は、被告らが組合と利害の対立する医協センターの顧問に就任したことをもって理事の組合に対する忠実義務に違背する任務懈怠行為であると主張するけれども、中小企業等協同組合法第三八条の二に基づく理事の責任は、理事の任務懈怠行為と第三者に生じた損害との間に因果関係が存在することを要件とするものであり、被告らが組合と利害の対立する医協センターの顧問に就任したとしても単にそれだけの事実によって第三者に損害を生ずる道理はなく、顧問に就任して医協センターとの間に利害を共通にしたのちに理事としての任務違背行為をし、その行為によって第三者に損害を生ぜしめた場合に理事の責任の問題を生ずるのであるところ、原告はこのような損害と直接関係する任務違背行為を主張するものではないから、原告のこの点の主張は理由がないことは明らかである。
3. 更に請求原因2(二)記載の各事実は、組合に原告に対する名板貸責任を生ぜしめた事実であって、原告以外の組合に対する債権者に対する関係でなら格別、原告自身が組合の理事に対し中小企業等協同組合法第三八条の二に規定する理事の責任を追及する根拠には、到底なり得ないというべきである。
4. 以上のとおりであるから請求原因3(中小企業等協同組合法第三八条の二の責任)は理由がない。
四、被告らの不法行為責任
被告らの不法行為責任(請求原因5)について判断する。
原告の主張は、要するに、被告らは、原告にとって真実は支払能力のない医協センターが取引相手であるにもかかわらず、組合が取引相手であると誤認するに至るべき外観を作出又は放置して、組合にではなく医協センターに対して売買代金債権を取得するに終らしめたことを不法行為とし、更に、組合が買主であると誤信して取引を開始ないし継続する原告に対し、組合の支払能力欠如を秘匿し、又は右誤信ないし支払能力欠如に気づかず、取引を継続させたことを不法行為とするのであるが、右の前段の点については、原告は、名板貸の法理により、期待どおり組合に対する売買代金債権を取得したこと前判示のとおりであるから、この点に関しては、損害を生じなかったものであるし、後段の点については、本件取引によって名板貸の法理に基づき組合に売買代金債務が生ずることを被告らにおいて認識していたのでなければ、被告らにおいて原告に対し組合の支払能力欠如を告知して原告に生ずべき損害を未然に防止すべき義務ありといえないところ、名板貸の法理適用の結果原告の本件取引によって組合に売買代金債務を生ずることを被告らにおいて認識していたことを認めるに足りる証拠はないから、この点に関しても原告の主張は理由がないといわなければならない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、請求原因5は理由がない。
五、以上の事実によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 稲守孝夫 裁判官 小川克介 裁判官深見敏正は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 稲守孝夫)
<以下省略>